み(仮)

the best is the enemy of the good

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 感想

 最近アニメ化も始まって勢いを見せているが、1巻だけ読んで正直期待外れだった。誰かに勧められて読んでみたが、ライトノベルと捉えてもあまり面白いものではなかった。何が面白いんだ?この作品をどこかのサイトが「リアリズム文学」と称していたが、こんなジュニアモデルはまずいないし、一人称で書かれていて、主人公の主観的な感情が入りすぎていて、どこがリアリズムなのか判らない。どうやら水嶋ヒロが俳優で、小説も書けるので(面白いかどうかは判らないが)ヒロインの桐乃も実在するのではないか、ということで付けられたらしい。リアリズムというよりも、むしろ対極の、ロマンティシズムといった方が良かった。安易に使うな、と言いたいところだが、リアリズムについても混迷しているようで、新語や造語がやたらと目に付くし、概念がわけの判らないことになっている。どうやらこの人だけの責任ではないようだ。ともあれ、写実主義とも訳されるリアリズムはほんらい、主観をあまり交えないことになっている。作品は主人公である兄が、ヒロインである妹(桐乃)がオタクであることに徐々に共感していく、という構成になっているもので、リアリズムというのは適当でない。

 よしんば「リアル」なのだと取っても、ジュニアモデルで中学生で、他のイマドキの中学生とも交際をしている桐乃が「オタク」であることを隠すことなど出来そうもないし、夕食の折に彼女が明らかに動揺していることを考えても、主人公に知られなくてもいつかは他人に知られていたと思う。さらに「オタク」の友達がいなかったという設定にも疑問で、まわりにそんな人がいないでどうやって趣味を持ち続けていられたのか。さらに、桐乃はオフ会で、周りの人たちと服装が合わなくて孤立するが、オタク的な服装を知っていない、というのもおかしい。主人公でさえ知っていたのだから、エロゲー等々で「オタク」の描写があるので、知っていなければおかしい。まあ、そのような抜けたところと兄に高圧的なギャップが読者にしてみれば「萌え」るのだろうが、僕自身もそのような「オタク」であるため、違和感と不快感しか抱かなかった。

 不快感といえば、桐乃の処遇で、桐乃の趣味が父に知られたとき、主人公だけが殴られたことには納得がいかなかった。もちろん話としては主人公が身を挺することで、桐乃の趣味や幸せそうな日常を守ることができ、理解は出来るのだが、たとえどちらも頑固だからだとしても、桐乃が最後は得をしているような感じになる。桐乃には殴られてもいいから趣味を守り通せよ、と読んでいて憤ったものだが、結末も妹である桐乃が兄である主人公に礼を言って、二人の距離感が縮まるところで1巻が終わるのだが、これでは読者の自己満足ではないか。いまだツンデレという、「女性は男性に甘えたり厳しく当たったりしてやっと自立できる」、という図式から抜け切れていない。読んでいて呆然としてしまった。

 また、アニメ版で桐乃が持っているエロゲーの外箱を主人公に見せるシーンがあるらしいのだが、そこに出てくるエロゲーに実在のエロゲーメーカーが、メーカーや作品のロゴを貸していたことが、twitterなどで問題になっていた(のちにtogetterとして集約される)。気になる人は読んでほしいが、僕としてはあまり問題だと思っておらず、「俺の妹…」に限らず昨今のアニメには性的・暴力的な描写が多く、批判があまりないことのほうが問題だと思っている。togetterによると、エロゲーメーカーが問題だと思っていないことの方が問題だとする意見もある。一般枠にエロゲーを容認する描写が、しかも中学生が持っている描写が孕む倫理的な関係あれこれは、正直なところ、いち視聴者としてはどうでもよいように思う。もしこれを元に業界が萎縮することがあったとしても、初めからアニメが再編されてよいのではないかとすら思う。「俺の妹…」が良くてセックス描写のある「ヨスガノソラ」が同じように放映されていることのほうが問題だと思わないのだろうか?それに、エロゲー業界はこの件以降、苦情の電話やメールが殺到したようだが、一般的なレヴェルでは問題視されていない。以前、Key麻枝准がテレビ出演していたが(たしかAngel Beats!の宣伝だったと思うが)、一緒に紹介されていたAIRは初め年齢制限のある、いわゆるエロゲーだったはずだ。しかもヒロインはだいたい高校生なのだが…。それが良くて他の「エロゲーを容認する」態度がいけない、というのは腑に落ちない。僕もエロゲー自体が悪いとは思っていないし、高校生や中学生がセックスをするシーンがあったとしても、別に良いと思う。ただし、それは自主規制をして守る必要があり、今回の話は別にアニメ制作者や視聴者が、批判にいい加減なことが前提としてある。

 現在この議論は下火のようだが、問題とする点がずれているので、あまり意味がなかったように思う。議論が盛り上がったのはエロゲーに関心が集まったことの表れだろうが、一般の視聴者やマスコミは誰も相手にしなかった。下火になったことのほうが、むしろエロゲーを守ることにつながったのではないか、とすら思う。

 


 もう一つは「オタク」の取り扱いだが、これにも不満があった。まずは「オタク」のもともとの意味から問い直しをしていないことも目についたが、幸せそうな桐乃やオフ会の様子から「オタク」でも別によいのではないか、とする主人公の気持ちがくどいほど中盤以降に書かれている。いわゆる「オタク礼賛」の例だが、「オタク」であることの疑問や、社会的な矛盾点(現代社会でのつながりに「オタク」がどう関わっていくか)については無視されていて、幸せそうな生活はソーシャルネットワークシステムの中で、あるいはオフ会という閉じた環境でしか実現されていないのだが、これが作者の答えなのだろうか。ひょっとしたら覆しがあるのかもしれないが、これでは現状維持で、誰も得しないし、新しさがない。「げんしけん」のほうがまだ面白い。

 


(参考)


togetter 俺の妹がこんなに可愛いわけがない」エロゲ問題への反応いろいろ

http://togetter.com/li/56449

俺妹エロゲ問題についてのTL http://twitter.g.hatena.ne.jp/highcampus/20101004/1286206563