み(仮)

the best is the enemy of the good

『教養としての官能小説案内』


  官能小説と呼ばれるものを戦後から現在にかけて網羅的に書いているのだが、現在に近づくにつれて内容がやや希薄になる。どうも著者が熱心に読んでいた時代の作品を贔屓しているような気がするのだが、まあそれは誰しもが持っているものだとしても、現在の官能小説でジャンルと読者の興味の傾向ぐらいしかないのはやはり頂けない。

 

 やはり研究者だけあってポルノに寛容な姿勢を見せるが、女性読者が増えていることを殊更に強調し過ぎているきらいがある。実際に女性「も」ポルノに触れることが多くなったのは確かだろうが、あくまで「も」だと考えるべきで、やはり大部分の読者は男性でしょう。著者によると女性官能小説家が増えているらしいのだが、それも男性作者に比べれば割合としてはかなり低いのではないだろうか。ペンネームからは窺い知ることができないが、露骨にそれとわかるペンネームがあまりないということを考えると、官能小説が女性にも開かれたものになったとは到底言えないのではないだろうか。

 

 本文中にもあったのだが、女性の書き手は現在では官能小説というよりもBL小説やエロマンガに集まる傾向が大きいのだと思う。官能小説の流行り廃りも関係してくると思うが、あまり売れる見込みのない官能小説よりもBL小説やエロマンガの方を書くだろうし、そのほかの女性誌やティーン誌などでも女性が性欲を発散できると思われるのだが、そうなればわざわざ小説を書くだろうか、とも思う。倫理的に女性が堂々と性を語る時代ではなく、たとえば電車でスポーツ新聞を読むのは殆どが男性であるし(それどころか女性が車内で新聞を読むという光景にすらあまり出会わない)、性的な言動をするのも男性が多いように思われる。オナニーにしても女性だけで集まって話をするという光景はあまり一般的ではないように思う。

 

 だから女性はポルノを読むな、と言っているのではないが、そのような一般的な状況を鑑みた場合にやはりポルノ作品は(官能小説は、と言ってもよいが)男性に有利な作品であって、女性にあまり有利には働いていないのではないか。そしてBLにしても市場はあまりにも小さく、「腐女子」という差別語から考えてもポルノ作品は女性に開かれている、とは言えない状況である。よしんば言えたとしても、本文の中盤以降で度々登場する「女性上位」でないことは明らかだ。おそらく著者の意図するところとしては、女性が最近になってようやく自由に発言できるようになり、それが元で弱腰の男性がびくびくと女性の影に怯えるようになった、ということなのだろうが、それは「上位」ではない。あくまで社会の中心に居座り続けているのは男性であって、女性ではない。労働者の賃金の男女の比率から考えても明らかではないか。

 

 あと残念だったのはタイトル通り官能小説についてのみ書かれており、現在ポルノ産業で優勢を誇っているエロマンガ二次元ドリーム文庫などの「萌え」(?)キャラを取り入れたポルノ作品の動向についてはまったく触れられていない(ただしAVについては若干の言及がある)。官能小説が以前と比べて優勢を誇っていない現状については、これらの媒体への言及が不可欠だと思うのだが…。文体理論やジャンル批評もポルノに触れたことのあるひとならだいたい判るような陳腐なものであったし、官能小説史ということなら少しは読めるものかもしれないが、新しさがない。初めて読む人向けであろうが、それにしてもポルノ賛美だけでつまらない。