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み(仮)

the best is the enemy of the good

『アラヤシキの住人たち』

アラヤシキの住人たち
本橋成一, 2015, 日本

長野県の山中にある真木共働学舎を撮ったドキュメンタリー映画。山中深くにあるため, 通常は買い出しやその他の用事で山を徒歩で降りなければならないらしい。こういうところもあるのか, NPOだろうなと思ったら案の定そうで, 長野県内にあとひとつ, 新潟県, 北海道にも同じような学舎があるとHPに記載があった。

長野県の代表は宮崎信氏で, 設立者の宮崎真一郎の次男。もう高齢であるが, 壮健で重労働もこなしている。ほかのメンバーもそれぞれ薪割りや除雪, 農作業などそれぞれ簡単とは到底言えないような重労働に参加する。学舎にはボランティアとして青学の学生も参加することがあるらしいとクレジットで知ったが, 基本的には学舎のメンバーだけで「自給自足」に近い生活を送っている。メンバーは色々あって故郷で暮らせなくなったひとたちがほとんどであるらしく, 全国的に色々なところから来ている。劇中, メンバーの一人が脱走, また戻ってきてメンバー同士話し合う光景も見られた。いつかまた戻ってきたくなる環境を目指しているということで, 反省はしながらもわだかまりをほどきつつ, また再度スムースに生活できるようになっている光景が面白い。しかし, 半面で抜けていくメンバーも多い。

メンバーは一言で「障害」と言えない様々な人がいる。劇中, そのことの説明はほとんどなかったが, いずれも暮らせなくなったことで学舎に来る。一般的に「社会生活を送ることができない」ことを「障害」と定義する場合でも, また医学的に「障害」と定義付ける場合でも, いずれからも逸脱するような「様々なひとたち」がそこでは生活している。急に奇声を発するひと, よく聞き取れない言葉を延々話しつづけるひと, 一般的に常識とされるものが理解できていないひとたちなど, 多くいるがそれでも普通の人たちとは変わることなく生活している。競争社会ではなく, 協力社会をという学舎の理念に根ざしているとも言えるし, ヒッピーみたいだな...ともなんとなく考えていた。

劇中では人生の様々なことがこの学舎で営まれているのが見られる。一つ大きなイヴェントでは結婚式があった。男女のメンバーがそこで知り合い出産して, 挙式をする。出産は下山して病院で, ということなのだろうが, 式場ではメンバーが祝言の奏上から新婦の引導, 音楽披露までやっているのがわかる。結婚を一つの人生イヴェントとした場合, では生死に関わるイヴェントはどうだろうかと思ったが, それに関してはまったく触れていなかった。墓が学舎の近辺にあるとの描写もなかったので, 別の場所で葬儀などは行うのかもしれない。

映画自体の出来はどうか。最初わたしはあまり評価していなかった, というのも綺麗に撮りすぎているのではないかと思ったのだが, メンバー同士の笑いや茶化す場面などを見ながらそこはそういうコミュニケーションが働く場で, 綺麗というよりはそういう雰囲気を描写しているのではないか, との考えに至った。人物や対象の見え方も自然に感じるし, とりわけ不自然には感じない。むしろ場の非論理的な行動である笑いや奇声, 万歳の繰り返し, シャベルを雪中に突きたてたまま数十秒そのままの状態を撮るなど, ありのままを撮っているような印象があり, 好感触。また, キリスト教的な発想がそういったコミュニティの習俗になりつつあるようなのもみえて, 興味深い。かつての宗教はコミュニティを変えて習俗レヴェルに変化するとの仮説がもしかしたら立てられるかもしれない。

メンバーの一人が帰ってきたときのミーティングで, 昔わたしが関わった障害者団体での会合に似ているような気がして, それを思い出しながら見ていた。社会不適合者とされる「色んなひとたち」が, そういう場で主体的に, 自主的にコミュニティを作り, 生活する場がまだ日本にはある。学舎とその団体とではもちろん社会へのアプローチや理念など, 多くのことで異なるだろうが, いずれも大枠の行政や社会という不気味な存在に対し, 自分として生きる場であることを保つことに変わりはない。そういう場も, あって良いのではないかと感慨深く思う。