み(仮)

the best is the enemy of the good

『エレクトラ―中上健次の生涯』 感想

 この前の読書会が中上健次の「岬」だったので、参考になると思って読み始めた。残念ながら読書会には間に合わなかったが、最後まで読んでいれば何がしか発言に潤いが出たのかもしれない。中途半端だった。

 読んだのは文春文庫版で、この本は基も文藝春秋から出ていたらしい。本文中に特に変更等の指摘はなかったし、amazonのレビューを見ても書かれてないから、内容は大差ないものと考えてよいだろう。刊行はどちらも中上の死後である。400ページ以上あるが、300ページ以上を「岬」で芥川賞受賞するまでに充てており、全体を均等に扱っているわけではない。だから伝記というものではなく、評伝として扱うのが正しいと思う。

 


 全体を通し、非常によく書けている作品である。


 中上の生涯だけでなく、中上に関係する人たちのことまで詳述な記録があり、驚嘆に値する。とりわけ中上の故郷・新宮での関係者は無名・有名問わず記録があり、インタヴューまで行っている。ここから、中上を「被差別部落」と結びつけて考えていることが覗えるし、著者自身も高千穂にある部落の出身らしいから、それも頷ける。ただ、どこか詩的な描写もあり、たぶんこれは中上の文体を意識して真似ているのだろうが、中上のファンはともかく、初めて中上に当たる人は何を言っているのか少し判りにくいだろうと思う。他にも作品を分析したり、通史的に眺めたりすることもあり、まあ中上が作家なのだから仕方がないのだが、興味のない人には鬱陶しいだろうと思う。文藝春秋から出ているから、当然なのかもしれないが。

 さらに、膨大な資料を扱っているらしく、本文中に出典があまり書かれていないが、一つ一つ書いていたら文章量が倍になっていたのではないか? と思うぐらいで、それだけ説得力もある。また、著者は中上にどちらかというと理解的で、欠点も挙げているのだが、そこに主観的な描写は交えない。たとえば中上が妻の山口かすみに家庭内暴力を奮っていたことは書いてあるが、遠まわしに山口が真剣に離婚を考えていた、とする描写はあっても、暴力が悪いかどうかという価値判断はしていない。ただ「エレクトラの余白に」で中上が韓国人に「皇国の臣民だ」と言ったことには、「文学者ですらない」と貶しており、他にも彼の態度のいくつかで否定的な意見を言うことはあるが、それもあまり多くなく、全体的に理解的な態度をとっている。

 


 僕はこのような彼への否定的な意見を知りたかったのだが、マスコミや一般人の彼への評価はあまり述べていない。僅かに「無頼派だ」とマスコミに言われるくらい自滅的な生活を送っていた、という記述があるのみで、では一般読者が中上をどのように思っていたかは本文中からは判らない。あとは山口かすみや娘たちのことも知りたがったが、こちらもあまり述べていない。著名人だけに、記述は控えたのだろうか。

 


以上のことさえ我慢すれば中上を理解するものとしては理解しやすいし、読みやすい。長編ではあるが、あまり時間を掛けずに読むことができた。ほかに中上については評伝が一本あるらしいが、読むかどうかは決めかねている。