『麺の文化史』
『麺の文化史』(石毛直道著, 講談社学術文庫, 2006)を読んだ。
以前部室にあった本で, 結局読むこともなかったので内容は知らなかったが, マイナーなシリーズの講談社学術文庫の中でも比較的濃い内容のものである。
麺の起源が中国であるとの検討から入って, 著者自らアジア・欧州に渡る広範囲な麺食ドキュメントを綴っているのも良い。
本書は学術書ではないとしながらも, 特に中国・朝鮮半島における麺文化にわたる記述内容は, 基盤に文献の記述と学者の見識, または著者自らによる実験からグラフによる分析もあり, 学術書に劣らない正確な知識に基づいた内容となっていると思われる。
中国と朝鮮半島, または日本の蕎麦と饂飩, 素麺と索麺の比較検討も面白く, 読み応えのある内容になっているが, モンゴルやタイ, ブータンの麺文化の記述も良く, 特にブータンでのダッタンソバとアマソバの蕎麦文化は, コメを生産するようになったことからソバが家畜のものとなり, 伝統が大きく変わってしまった状況が描かれており, 明るい文体の中にたしかな実情を感じさせるものである。
ほかにもタイの麺文化のルートとして中国南西部をつなぐルートをあげている箇所がある。大別して2つであるが, 一つには雲南の山地から北部タイにつながる:現在も雲南にはタイ系の民族, もう一つには広東省, 福建省方面の海岸部から, 海路でシャム湾につながるルートを上げており, モンゴルでも同様の分析を試みている。著者は中国での小麦生産が麺の起源であるとしているが, 起源やルートにおいても中国をアジア麺文化の一つの中心点としているところが著者の述べているところである。
後半はヨーロッパにおける麺文化, とくにイタリアのパスタを取り上げているが, アジアに比べて内容は薄い。イタリアのパスタの特徴としてまとめているところがあるので, 載せておきたい。
【パスタの歴史】
1. シチリア島のイットリーヤの実体はわからないが, 乾燥パスタであり, 一四世紀のトリーがその系譜をつぐものとすれば, 綿状の形態をしていた。
2. いつ頃からかはわからないが 切り麺であるタリアテッレも中世末までには成立していたであろう。
3. 一五世紀までに, 手作りの孔あきのマカロニも成立していた。
4. スパゲッティなどの押しだし麺は一七世紀以降に普及したものである。
おそらく本書の唯一の欠点と言ってよいのが欧米の麺文化の記述が極端に少ないことである。ヨーロッパでは麺の消費量が少ないと言っても, そこには何かしら特色があるのではないかと疑う。今度はほかの著作でも読んで調べてみたいが, 本書ではイタリアからアメリカへの食品輸出で麺が柔らかくなっていることを上げているが, それぐらいなのでアメリカの記述は殆どないと言っていい。殆どアジア中心の記述内容だと言える。