み(仮)

the best is the enemy of the good

ライトノベルと小説

昔, ライトノベル研究会なるものに一時期の間所属していたことがあった。大学の有志サークルだったのだが, 主催が気まぐれでメンバーの結束力もなかったために, すぐに潰れた。さて, その研究会で, 主催の知り合いの先輩が(メンバーではないのに)会合に偶然参加したことがあった。たしかテーマがライトノベルと小説の違いについてだったと思う。で, 誰かは忘れたが, 良識ぶったオタクが言いそうなことの常として, ライトノベルはもっと広げていこうと言う輩がいた。

冗談じゃない, ただの娯楽小説で, インモラルなライトノベルなど, 世間知にあがるだけでも恥辱ものである。こういうものはオタクとして楽しめればよいのであって, 広げるべきではない。当時は非実在青少年問題という東京都の条例による, ある種の表現規制について議論が活発していたのもあったから, 私は"広げるべき"とする意見そのものに反対した。

先輩は広げるべきだと言っていたが, 私の意見にはそのとき, 反対しなかった。だが, 話題が変わり, 最近面白いライトノベルがあるか, という世間話のようなものになり, 私は『墜落世界のハイダイバー』を推したのだが, その説明に先輩は激昂した。

墜落世界のハイダイバー』とはファンタジーで, 空を重力制御によって「落ち」て戦うというバトルメインの話なのだが, このライトノベルの新しいところは, "おっぱい"の大きさによって身分制が定められており, おっぱいの大きい人間ほど優遇される(逆に小さい人間は差別される)「おっぱいカースト」なる概念が登場することにある。ちなみに, この概念の名称は公式のものである。

彼女は「それのどこが面白いか」と私に問うた。私はそれについて新しさの点から説明をしたのだが, 彼女の不機嫌な様子は収まらない。では, 彼女は私の以上のような説明のどこに激昂したのか。それは, たとえば, 差別の問題をファンタジーの中に取り入れることへの軽薄さについてではなく, "おっぱい"という名称がもつ女性差別についてでもなかった, と私は考えている。

たぶん, 彼女は下ネタが嫌いだったのだろう。もし差別云々について彼女が問題意識をもっていたとすれば, 私の説明の後で何か言ったはずだ。それに, もし性の差別性について議論されたなら, 当時私が議論に勝てたかどうかあやしいものである。なぜなら, 私を含め男というのは, 性について論戦をはることに慣れていないからである。男というのは性差というものに, 現実的な問題として, 脅かされたことがない。フェミニズムというものが一時期流行ったのは, それは女性が現実的な問題として, 性差による差別を受けていたからで, 男性には本質的な議論など必要なかった。男性学なるものが登場するのは, もっと最近のことである(しかも流行っていない)。

彼女が広めるべきとしたライトノベルは, 基本的に, このような下ネタやら差別といったものを多く内包している。彼女はこの矛盾に気づいているだろうか。私のことを彼女は, 「他人の意見を取り入れない人」であると言ったそうである。たしかにその通りであるかもしれない。彼女がそう言うからには, 私の説明を聞いて彼女はとっくに自分の見解の矛盾に気づいているのだろうな。

それから, ライトノベルと小説の違いについて, 私の意見としては, 読者がその問題点を娯楽として受容出来るか, ということに関わるものだと考えている。

>>小谷野敦氏の『魔法少女を忘れない』批判から